診断を告げられた、その瞬間
愛犬が病気だと告げられたとき、
頭の中が真っ白になって、先生の話がほとんど入ってこなかった。
そんな経験をした飼い主さんは、少なくないと思います。
「なんでうちの子が…」
「これからどうしたらいいんだろう…」
返事はしているけれど、
心はまったく追いついていない。
それは、とても自然な反応です。
まず伝えたいこと|分からなくなっていい
愛犬が病気になったとき、
すぐに冷静になれる人なんて、ほとんどいません。
怖くなっていい。
何も考えられなくなっていい。
混乱して当然です。
それは、
それだけ本気で愛犬のことを大切に思っている証拠だから。
飼い主も一緒に辛くなるという現実
具合の悪い愛犬の姿を見るのは、
飼い主さんにとって本当に辛いことです。
代われるなら代わってあげたい。
苦しませたくない。
そんな気持ちが、次から次へと湧いてきます。
心配、不安、後悔。
頭の中がそのことでいっぱいになって、
眠れなくなったり、食べられなくなったりすることもあります。
飼い主さんが苦しくなるのは、弱いからではありません。
それだけ、深く向き合っているということだと思います。
すぐに答えを出さなくていい
治療方針、検査、投薬。
その場で決断を求められることもあります。
でも、
すぐにすべてを理解して、
すぐに答えを出さなくてもいい。
迷っていいし、
一度持ち帰って考えてもいい。
それは逃げではありません。
セカンドオピニオンは「疑うこと」ではない
私は、セカンドオピニオンは本当に大切だと感じています。
虎鉄が最後の闘病をしていたとき、
病院では「持病のアジソン病の悪化」と言われました。
でも、私の中には違和感しかありませんでした。
いつもの症状とはまるで違っていて、
多飲多尿やふらつきではなく、
高熱が続くという、今までにない状態だったからです。
それでも、
「ずっと診てくれている先生だから」
「獣医さんの言うことだから間違いないはず」
そう思って、その診断を信じて治療を続けました。
今振り返ると、
あのとき自分の違和感を信じて、
セカンドオピニオンを受けておけばよかったのかもしれない、
そう思うこともあります。
もちろん、
結果は変わらなかった可能性もあります。
でも、複数の目で診てもらうこと、
そして自分が納得できるかどうかは、
本当に大切だったと感じています。
セカンドオピニオンは、
病院を疑うためのものではありません。
飼い主として感じた違和感を、
置き去りにしないための選択。
納得して、その先に進むための手段だと思うのです。
「できることをやるしかない」と思えなくてもいい
「塞いでいてもしょうがない」
「できることをやるしかない」
頭ではそう分かっていても、
気持ちが追いつかないことはあります。
前向きになれない日があっていい。
何も考えたくない日があっていい。
それでも、
今日を一緒に過ごしていること自体が、
もう十分向き合っている証だと思います。
愛犬は“今”を生きている
愛犬は、
遠い未来を悲観していません。
「今日は飼い主と一緒にいる」
「そばにいてくれる」
その“今”を感じて生きています。
完璧な判断や、
正解の選択よりも、
そばにいる時間そのものが、
愛犬にとっての安心になることもあります。
飼い主さんが最初にできること
最初から、何もかもやろうとしなくていい。
- 情報を集めすぎない
- 他の人と比べすぎない
- SNSの体験談に飲み込まれない
今日は、
「一緒に過ごす」
それだけで十分な日もあります。
それでも迷ったら、誰かに頼っていい
一人で抱え込まなくていい。
家族、友人、病院。
同じ経験をした誰か。
頼ることは、弱さではありません。
向き合っているからこそ、必要なことです。
まとめ|向き合うことは、もう始まっている

愛犬が病気と診断されたその瞬間から、
飼い主としての向き合いは、もう始まっています。
混乱して、泣いて、立ち止まってもいい。
それでも、
あなたはちゃんと愛犬と向き合っている。
強くならなくていい。
分からなくなっていい。
一歩ずつでいい。
この記事が、
今まさに悩んでいる誰かの、
心の置き場所になれば嬉しいです。

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