まろを見送って2か月|今だから思う、犬と暮らす幸せ

ペット介護

まろを見送ってから2か月が経ちました。

2か月と聞くと、少し時間が経ったようにも感じます。

でも私の中では、まだほんの少し前の出来事です。

ふとした瞬間に思い出します。

「あ、まろがいたら…。」

そんなことを考える日は今でもたくさんあります。

悲しみは少しずつ穏やかになってきましたが、寂しさはまだ変わりません。

今回は、まろを見送って2か月が経った今、私が感じていることを書いてみようと思います。


ペットロスはやっぱりある

「時間が解決してくれる。」

そんな言葉を聞くことがあります。

確かに時間は少しずつ心を落ち着かせてくれるのかもしれません。

でも、いなくなった事実は変わりません。

写真を見れば思い出します。

散歩コースを歩けば思い出します。

季節が変われば、

「あの頃は一緒に歩いていたな。」

と思い出します。

やっぱり寂しい。

それが正直な気持ちです。


他の子たちがいてくれて救われた

でも私は思うことがあります。

ごろう。

まり。

まめ。

この子たちがいてくれて本当に良かった。

もし一人っ子だったら。

私はもっと深く落ち込んでいたかもしれません。

悲しくても散歩があります。

ご飯を作ります。

病院へ行きます。

笑うこともあります。

犬たちは私が落ち込んでいても、

「散歩行こう!」

「ご飯まだ?」

と、いつも通りです。

その「いつも通り」が、どれだけ私を助けてくれたか分かりません。

犬たちは何も知らないまま、

私を前へ進ませてくれました。


それでも犬と暮らしたいと思う

「もう二度と犬は飼えない。」

そう話す方もいます。

その気持ちもよく分かります。

これほど辛い思いをするなら…。

そう考えるのも自然なことだと思います。

でも私は違いました。

悲しい。

寂しい。

何度経験しても辛い。

それでも私は、

犬と暮らす幸せの方がずっと大きいと思っています。

だからもし人生をもう一度やり直しても、

私はきっと犬と暮らす道を選びます。


虎鉄とまろが教えてくれたこと

虎鉄を見送り、

そしてまろも見送りました。

二度のお別れを経験して、

ひとつだけ確実に変わったことがあります。

それは、

「今日」という一日を大切に思うようになったことです。

若い頃は、

来年も。

再来年も。

当たり前のように一緒にいると思っていました。

でも違いました。

当たり前なんてありません。

だから最近は散歩をしながら、

「あと何回この道を一緒に歩けるかな。」

そんなことを考えることがあります。

少し切ないけれど、

だからこそ今を大切にしたいと思うのです。


一日一日が宝物

ごろうも。

まりも。

まめも。

みんなシニアになりました。

散歩を楽しそうに歩く姿。

ご飯を美味しそうに食べる姿。

気持ち良さそうに眠る姿。

以前は何気なく見ていた日常が、

今ではどれも宝物のように感じます。

元気でいてくれること。

一緒に笑えること。

それだけで十分幸せです。


最後まで寄り添う覚悟

犬との暮らしは楽しいことばかりではありません。

病気もあります。

介護もあります。

そしていつか必ずお別れの日が来ます。

それでも私は思います。

犬と暮らせて本当に良かったと。

だから今一緒にいる子たちにも、

その子らしい犬生を最後まで送ってほしい。

そして私は最後まで寄り添いたい。

それが飼い主として迎えた責任であり、

一番大切な約束だと思っています。


今日という一日を大切に

犬との時間は永遠ではありません。

だから悲しい。

だからこそ愛おしい。

虎鉄も。

まろも。

私にそのことを教えてくれました。

今日もいつも通り散歩へ行く。

いつも通りご飯を食べる。

いつも通り眠る。

そんな何気ない一日が、

本当は一番幸せなのかもしれません。

だから私は今日も、

「ありがとう。」

そう心の中でつぶやきながら犬たちと歩いています。

そして明日もまた、

変わらない日常を大切に積み重ねていきたいと思います。

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