あの時、ほかの選択肢を知っていたら|虎鉄の介護で学んだ「一人で抱えない準備」

シニア犬の介護

以前、このブログでも少し書いたことがありますが、虎鉄が一番具合を悪くしていた頃、私は仕事と介護の両立にかなり苦労していました。

今のようにリモートワークが普及していなかった頃です。

平日の朝、虎鉄を動物病院へ連れて行く。

そのまま病院へ預け、私は仕事へ行く。

仕事が終わったら、夜に迎えに行く。

そんな生活を、1か月以上続けていました。

虎鉄には点滴などの治療が必要でした。

だから病院へ通うこと自体は必要だったし、先生や看護師さんにも本当によくしていただきました。

それでも今振り返ると、

「あの時、もう少しほかの選択肢を知っていたら、何か違ったのかな」

と思うことがあります。

朝から晩まで病院で過ごしていた虎鉄

虎鉄は朝から晩まで、平日は毎日のように病院で過ごしていました。

もちろん、一日中ずっと処置を受けていたわけではありません。

点滴や診察など必要な治療を受け、それ以外の時間は病院のケージで過ごしていたのだと思います。

お昼休みの頃には、外へ出して気分転換もさせてもらっていたようです。

でも動物病院は、当然ながら虎鉄だけのための場所ではありません。

次々と患者さんが来る。

電話が鳴る。

診察や処置が続く。

人が出入りする。

具合の悪い虎鉄にとっては、知っている病院だったとしても、朝から晩まで落ち着かない環境だったのかもしれません。

しかも虎鉄自身には、

「治療のためにここにいるんだよ」

なんて分かりません。

朝になると病院へ連れて行かれ、私はいなくなる。

時には痛いこともされる。

そして夜になって家へ帰る。

それが毎日続いていました。

後半になると、噛みつくような仕草が出てきた

そんな生活が続いた後半。

病院から、

「先生や看護師さんに噛みつくような仕草をすることがある」

と聞きました。

先生も、

「ストレスかな?」

と話していたのを覚えています。

虎鉄はもともと、先生や看護師さんに対して攻撃的な子ではありませんでした。

だからその話を聞いた時、

「相当しんどいのかな」

と思いました。

もちろん、本当の理由は分かりません。

体調が悪くて余裕がなかったのかもしれない。

痛みがあったのかもしれない。

長時間病院で過ごすことが負担になっていたのかもしれない。

いろいろなことが重なっていたのでしょう。

あの時の私には、それしかできなかった

今だから、

「もっと違う方法があったのかな」

と考えることがあります。

でも、あの時の私には、朝病院へ預けて仕事へ行き、夜迎えに行くという方法しか思いつきませんでした。

仕事を長期間休み続けることはできない。

でも虎鉄には治療が必要。

自宅で一日中そばにいることもできない。

誰かに頼むという選択肢も、当時の私はほとんど知りませんでした。

だから、

病院へお願いするしかなかった。

それは事実です。

そして、虎鉄の治療を続けるためには必要な選択だったと思っています。

虎鉄には点滴などの治療が必要だったので、シッターさんや施設を利用すれば病院へ行かなくて済んだ、という話でもありません。

ただ今は、動物病院への送迎や付き添いに対応しているシッターさんや施設もあることを知りました。

もしあの頃の私にも、

通院を手伝ってくれる人。

自宅でのお世話を少し分担してくれる人。

そんな頼り先があったとしたら。

「私が毎朝病院へ連れて行き、夜まで預ける」

以外の組み合わせを考える余地が、少しはあったのかもしれません。

もちろん、当時それが本当に利用できたかは分かりません。

虎鉄の状態では、結局同じ生活になっていた可能性もあります。

それでも今は、

選択肢を知っていること自体が大切だったのではないか

と思うようになりました。

虎鉄との別れは、今でも私の中に残っています

その後、虎鉄は数日してお空へ旅立ちました。

今でも時々、

「最後の頃、寂しい思いをさせたのかな」

と考えることがあります。

朝、病院へ連れて行かれて。

一日そこで過ごして。

夜になってやっと家へ帰る。

そしてまた次の日も同じ。

虎鉄にとって、あの時間がどんなものだったのか。

私は今でも分かりません。

病院へ預けたことを後悔している、というのとも少し違います。

あの時の私は、虎鉄の治療を続けながら仕事も続けるために、できることをしていました。

ただ、

「ほかに何か方法はなかったのかな」

という思いだけは、今でも心のどこかに残っています。

だから今は、必要になる前に準備しておきたい

最近、私はもし自分がお世話できなくなった時のために、家族へ犬たちのお世話を引き継ぐ準備を始めました。

もし明日、私が入院したら犬たちはどうなる?|家族と共有しておきたい犬のお世話

そして、家族だけでは難しい時に頼れるペットシッターさんや施設についても、実際にお願いするつもりで探し始めています。

もし私が犬たちのお世話をできなくなったら|家族以外の「頼り先」を探し始めました

こうしたことを早めに考えるようになった背景には、虎鉄との経験があります。

介護が始まって、自分に余裕がなくなってから探すのではなく、

まだ何も起きていない時に、選択肢を持っておく。

今の私は、それも介護の準備だと思っています。

自宅で介護したい。でも一人で全部できるとは限らない

できることなら、私は犬たちを自宅で介護したいと思っています。

住み慣れた家で、いつもの寝床で、いつもの家族と過ごしてほしい。

それが一番の希望です。

でも虎鉄、そしてまろの介護を経験して、もう一つ分かったことがあります。

飼い主にも、できることには限界がある。

犬の状態。

私自身の体力や気力。

仕事。

睡眠。

家族の状況。

その時にならなければ分からないことがたくさんあります。

だから、自宅介護を中心にしながら、

必要な時だけ誰かに助けてもらう。

通院の送迎をお願いする。

数時間だけ見守りをお願いする。

場合によっては短期間、施設を利用する。

そんな方法があってもいい。

今はそう思っています。

「助けてもらえる準備」も、私にとっては介護の一つ

虎鉄の時の選択が間違っていたとは思っていません。

あの時の私なりに、できることをしていました。

でも虎鉄との時間があったからこそ、今いる犬たちには、

「これしか方法がない」状態をできるだけ作りたくない

と思っています。

実際にシッターさんや施設を使うかどうかは、その時にならないと分かりません。

一度も利用しないかもしれません。

それでも、

「ここに相談できる」

「こんな方法もある」

と知っているだけで、未来の自分を少し助けられる気がします。

虎鉄とまろを介護して、私が一番強く感じたこと。

それは、

できることには限界がある。だから、助けてもらえる準備もしておく。

ということでした。

私はこれからも、できるだけ犬たちのそばにいたい。

でも、一人で全部抱えることだけが愛情ではない。

必要な時には誰かの力を借りながら、その時その時で犬たちにとって一番穏やかな方法を考えていきたい。

それが、虎鉄との時間から今の私が受け取った、大切な学びの一つです。

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