同じ家で暮らしていても、犬たちの過ごし方は本当に違います。
我が家のまめとまりを見ていると、毎日のようにそう感じます。
まめは、とにかく私のそばにいたい子。
私がいるところに、まめも必ずいる。
「そんなについてこなくても、どこにも行かないよ(笑)」
と言いたくなるくらい、私にべったりな甘えん坊です。
一方のまりは、自分で居場所を決めています。
私のそばにずっといるというより、自分が落ち着けるらしい場所を選んで、そこで寝ていることが多いです。
まめとまり。
一緒に暮らしているのに、こんなにも違うんですよね。
でも最近、その違いを見ながら思うことがあります。
私は、まりのことをどのくらい分かっているんだろう。
毎日一緒にいるから知っていることは、たくさんあります。
それでも、まだ知らない気持ちや、見せてもらっていない一面があるのかもしれません。
今日は、そんな二頭の過ごし方を見ながら、私が感じていることを書いてみようと思います。
まめは、いつも私のそばにいる
まめは、本当に人が好きです。
特に私に対しては、
「はい、いつも一緒ですよ」
という感じで、いつもそばについてきます。
私は私で、毎日のことなので気にしていないのですが、時々ふと、
「まめ、またここにいるの?」
と思ってしまいます(笑)。
まめにとっては、特別なことをしてもらうより、まず私の近くにいることが大事なのかな。
そんなふうに見えることがあります。
いつもそばにいる姿を見ていると、私はつい、
「甘えん坊だねぇ」
と言いたくなります。
こんなふうに分かりやすく一緒にいてくれると、飼い主としてはやっぱりうれしいものです。
まめの存在は、私の毎日のすぐそばにあります。
近い。
とにかく、距離が近い(笑)。
それが、私のよく知っているまめです。
まりは、自分の居場所を自分で決める
一方のまりは、まめとは少し違います。
私がいるから、いつでもそこへ行く。
というわけではありません。
自分で場所を選んで、そこで寝ています。
私から見ると、
「今はここがいいです」
と、自分の過ごし方を決めているように見えます。
まめが私のそばにいる間も、まりはまりの場所で休んでいる。
そんな二頭を見ていると、まりは自立しているというか、自分のペースをしっかり持っているというか。
人間だったら、
「一人でも大丈夫なタイプだね」
と言われるのかもしれません。
人に合わせるより、自分が落ち着けるところで過ごす。
その姿が、少しうらやましく見えることさえあります。
でも、それは、私からそう見えているだけなのかもしれない。
まりが一人で寝ているからといって、本当に一人でいる方が好きなのか。
誰かのそばにいたい気持ちはないのか。
そこまでは、私にも分かりません。
本当は、もっと甘えん坊なのかもしれない
まりは元野犬で、人に対して警戒心の強い子です。
我が家に来てからも、すぐに何もかも安心してくれたわけではありません。
少しずつ時間を重ねながら、一緒に暮らしてきました。
以前の記事では、そんなまりが自分の気持ちを表に出すようになったことを書きました。
「それは嫌」
「私も欲しい」
そんなふうに見える行動が増えたことが、私にはうれしかったのです。
でも、自分の意思を見せてくれるようになったからといって、私がまりの全てを理解できたわけではありません。
本当は、もっと甘えん坊なのかもしれない。
まだ遠慮しているところがあるのかもしれない。
反対に、今くらいの距離が本当に心地いいのかもしれない。
どれが答えなのかは、まだ分かりません。
私はつい、まめと比べて、
「まりは自立しているね」
と思ってしまいます。
けれど、まりの中には、私がまだ気づいていない部分もあるのでしょう。
そう考えると、簡単に「こういう子」と決めてしまうのは、少しもったいない気がします。
これから一緒に暮らす中で、
「まりって、そんなところもあるんだね」
と発見する日が、まだまだあるかもしれないからです。
近くにいることだけで、気持ちは測れない
まめのように、いつもそばにいてくれると、その気持ちは分かりやすく感じます。
では、まりのように自分の場所で過ごす子はどうでしょう。
近くにいる時間が少ないから、気持ちまで遠いのでしょうか。
私は、それだけでは分からないと思っています。
同じ家の中で、少し離れた場所にいる。
それぞれが、別のことをしている。
そんな時間にも、一緒に暮らしているというつながりはあるのかもしれません。
そばにいること。
後をついてくること。
同じ場所で眠ること。
人間から見て分かりやすい行動ばかりを、気持ちの物差しにしなくてもいい。
まりを見ていると、そんなことを考えます。
まめの近さは、まめらしい。
まりが自分で選ぶ距離も、今のまりらしい。
その違いに、どちらが良いという答えをつける必要はないんですよね。
「まりは大丈夫」と決めつけないようにしたい
ただ、私自身が気をつけたいこともあります。
まめはそばにいるので、自然と目に入ります。
甘えてくれば気づくし、何かしていれば分かりやすい。
一方で、自分の場所で静かに過ごしているまりには、
「まりは大丈夫だね」
と思ってしまいそうになることがあります。
でも、自分で過ごせるように見えることと、気にかけなくていいことは違います。
今日はどこにいるかな。
どんな表情をしているかな。
こちらへ来た時には、どんな様子かな。
べったりしていないからこそ、私の方からもまりを見ていたいと思います。
もちろん、休んでいるところへ何度も近づいて、無理に触れ合おうとする必要はありません。
まめと同じように甘えてほしいと求めるのも、少し違う気がします。
まりが選んだ過ごし方を大切にしながら、まりのこともちゃんと気にかけている。
そんな関わり方をしていきたいです。
一緒に暮らしていても、まだ知っていく途中
長く一緒にいると、
「この子のことは、私が一番よく知っている」
と思うことがあります。
実際、毎日の習慣や好きなもの、苦手なことなど、飼い主だからこそ分かることはたくさんあります。
でも、よく知っていることと、全部分かっていることは同じではないのかもしれません。
まりを見ていると、特にそう感じます。
そして考えてみれば、それはまめも同じです。
分かりやすい甘えん坊だと思っていても、私が知らないまめの気持ちは、きっとあるのでしょう。
犬たちは、言葉で全部説明してくれるわけではありません。
だからこそ、毎日の姿を見て、
「そうなのかな?」
「今日はそんな気分なのかな?」
と考える。
時には、私の受け取り方が違っていることもあると思います。
それでも、分かったつもりで終わらずに、これからも知ろうとしていたい。
私にとって、一緒に暮らすというのは、そんな時間の積み重ねでもあるのかもしれません。
まめはまめの場所で、まりはまりの場所で
今日も、まめは私のそばにいます。
そしてまりは、自分で選んだ場所で寝ています。
同じ家の中に、それぞれの過ごし方がある。
私は、その光景がいいなと思います。
まめがいつも近くにいてくれることもうれしい。
まりが自分の場所で休んでいる姿を見られることも、うれしい。
これから、まりが今より甘えてくるようになることもあるかもしれません。
あるいは、これからも今くらいの距離で過ごしていくのかもしれません。
どちらであっても、私が思い描く性格に合わせてもらう必要はありません。
まめは、まめ。
まりは、まり。
それぞれの姿を見ながら、時々新しい一面に驚いて、少しずつ知っていけたらと思います。
……それにしても、まめ。
今日も本当に近いね(笑)。
そして、まり。
あなたのことは、これからもゆっくり教えてね。
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