今から約7年前、2019年11月。
まりが我が家へやってきました。
まりは、街を放浪していたところを保健所に保護され、その後、保護団体で暮らしていた元野犬です。
性格は本当に穏やかで優しい子。
でも、その反面、驚くほど警戒心が強く、とても怖がりでした。
我が家へ来た初日も、玄関の隅でブルブルと震え、小さく丸くなったまま動けませんでした。
「大丈夫だよ。」
そう声を掛けても、まりにはまだ届きません。
私は焦りませんでした。
無理に触らない。
無理に近付かない。
時間をかけて、この家が安心できる場所だと知ってもらおう。
そう思って、長期戦を覚悟して見守ることにしました。
でも、そのわずか3週間後。
忘れられない出来事が起こりました。
まりが走り去った日
私が仕事へ行っている間のことでした。
家族がまりを外へおしっこに連れて行こうとした時、首輪にリードを付けたつもりが、誤って狂犬病鑑札の金具に掛けてしまっていたそうです。
玄関を出た瞬間。
金具が外れました。
そして、まりは走りました。
自由になった元野犬は、一瞬で姿を消しました。
連絡を受けた私は頭が真っ白になりました。
すぐに保護団体へ連絡。
そこから、まりを探す日々が始まりました。
「見えるのに捕まらない」
保護団体の方は、すぐに動いてくださいました。
近所への聞き込み。
チラシ配り。
捕獲器の設置。
本当にたくさんの方が協力してくださいました。
我が家の周りは街中ではありません。
農家さんの畑や田んぼが広がる田舎です。
しかも季節は12月。
昼間でも気温は氷点下でした。
寒くないだろうか。
車にひかれてしまわないだろうか。
お腹は空いていないだろうか。
夜は眠れませんでした。
犬は円を描くように行動範囲を広げると言われています。
日が経つほど、田舎では見つけることが難しくなります。
「長期戦になるかもしれない。」
そんな不安ばかりが頭をよぎりました。
帰ってきたい。でも怖い。
逸走した翌日。
まりは近所の畑を元気に走り回っていました。
姿は見える。
でも近付くことはできません。
人が少しでも動けば、すぐに逃げてしまいます。
「そこにいるのに…。」
そのもどかしさが二日間続きました。
お腹が空いているだろうと思い、ご飯を外へ置きました。
玄関も開けたままにしました。
「帰っておいで。」
そんな気持ちで朝を迎える毎日でした。
すると、朝方になると家の近くへ来ている形跡がありました。
保護団体の方と話しながら、
「帰ってきたい気持ちはあるんでしょうね。」
「でも、まだ怖いんでしょう。」
そんな話をしていました。
奇跡は、いつもの散歩道で
4日目。
私はほとんどまりの捜索に付きっきりで、まめの散歩にも行けていませんでした。
「少しだけ気分転換しよう。」
そう思い、冬晴れの空の下、まめといつもの散歩道を歩き始めました。
すると…
遠くに見覚えのある姿がありました。
まりです。
「いた!」
思わず声が出ました。
距離はおよそ50メートル。
まりもこちらを見ています。
でも近付いてきません。
数日間の逃走で、野犬だった頃の本能がすっかり目覚めてしまっていたのでしょう。
その瞬間、私は考えました。
動いたら終わりだ。
だから私は、その場から一歩も動きませんでした。
少しずつ縮まる距離
5分。
10分。
20分。
30分…。
まりは少しずつ、少しずつ近付いてきます。
50メートル。
30メートル。
10メートル。
5メートル。
帰ってきたい。
でも怖い。
そんな気持ちが、その距離に表れているようでした。
私は息をひそめて待ち続けました。
そして…
手が届く距離まで来た、その瞬間。
そっと手を伸ばし、首輪を握りました。
「よし!」
捕まえた。
「まり、おかえり。」
その瞬間、全身の力が抜けました。
私の頭の中には、映画『アルマゲドン』の主題歌、
“I Don’t Want to Miss a Thing”
が流れていました。
本当に映画のワンシーンのような気持ちでした。
初めて感じた、小さな信頼
まりは帰ってきたかったんだと思います。
でも、人が怖い。
近付きたい。
でも怖い。
その葛藤の中で、最後に私のところまで歩いてきてくれました。
あの日、私は初めて、
まりがほんの少しだけ私を信じてくれたような気がしました。
保護犬との暮らしは、時間を積み重ねること
保護犬と暮らすことは、決して簡単ではありません。
信頼関係は、一日ではできません。
まして、元野犬ならなおさらです。
時間をかけて。
焦らず。
毎日を積み重ねて。
少しずつ少しずつ、心の距離を縮めていく。
だからこそ、初めて見せてくれた小さな信頼は、何にも代えられない宝物になります。
あの日のことは、きっと忘れません
まりを逸走させてしまったのは、私たちの不注意です。
本当に反省しています。
今回は事故もなく、無事に帰ってきてくれたからこうして笑ってお話しできます。
でも、一歩間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれません。
だから私は今でも、リードや首輪の確認を以前よりずっと慎重にするようになりました。
そしてもう一つ。
あの日、最後に私のところまで歩いてきてくれたまりの姿は、一生忘れないと思います。
あれはきっと、
「この人なら大丈夫。」
まりが少しだけ勇気を出してくれた瞬間だったのかもしれません。
追伸
下の写真は、無事に帰ってきた直後のまりです(笑)。
なんだか「ごめんなさい…。」と反省しているような表情に見えませんか?
本人に聞いても答えてはくれませんが、私は今でもこの写真を見るたびに、ホッとした気持ちと、少し笑ってしまう気持ちの両方を思い出します。


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